保険窓販の全面解禁によって、顧客はリスク性運用商品や保障型商品などの総合的な相談・購買接点として銀行チャネルという選択肢を手に入れた。このことで生じる市場機会をものにするためには、銀行チャネルとしてのブランド価値とリレーションシップを適切に活用したマーケティング戦略の策定・実行が求められる。
1.全面解禁で浮上する「信頼性」と「顧客接点の持続性」
投信・変額年金保険の解禁は、個人金融資産の「リスク性運用商品」へのシフトをもたらし、保険窓販の全面解禁は、死亡保険・医療保険といった「保障型商品」の販売機会を増やすことが予測されている。「保障型商品」という特性上、チャネルとしての信頼性は重要な購買決定要因の一つとなり、新たに「保障型商品」を扱うチャネルにとって「信頼性」は市場参入の前提条件となる。この点において直近で優位なポジションにあるのは「銀行」であると思われる。
日本経済新聞社は、全国の証券取引所に上場している会社および非上場会社のうち各業種の大手企業を中心に、企業イメージについての調査を実施しているが、「信頼性がある」という企業イメージのベスト100にランクインしている金融サービス企業は、銀行で3社、証券で1社、生損保においては0社という結果となっている(図1)。一連の保険金不払い問題は、生損保業界全体のイメージ低下に追い討ちをかけており、信頼回復には一定の時間を要する。
【図1】「信頼性がある」企業イメージ調査
また地域銀行についても、仮に地域商圏に限定した企業イメージ調査があったとすれば、「信頼性」については相対的に優位なポジションを得ているように思われる。
また「保障型商品」の主な販売チャネルは保険会社の外務員チャネルであり、一定の役割を果たしている。しかしながら外務員定着率の低さにより、顧客接点が絶たれやすく、顧客のライフステージ変容に適応した「保障型商品」のクロスセル機会を逃す傾向にある。
一方で顧客は今回の全面解禁により「保障型商品」の相談・購買接点として、銀行チャネルという新たな選択肢を手に入れることになる。銀行チャネルは、顧客接点を失いがちな外務員チャネルに比べて、顧客接点を長く保ちやすいという点で秀でている。金融サービス企業は、こうした状況を踏まえ「信頼性」と「顧客接点の持続性」における相対的な優位性に注意を払いつつ、中長期視点で窓販に取り組むアプローチが必要とされる。
2.カギを握る「ブランド価値」と「リレーションシップ」
全面解禁後は、従来から存在する投信・保険商品であっても、販売チャネルのブランド価値が付加されることで、顧客価値が高まり、収益の増大につながる現象が期待できる。こうしたチャネルのブランド価値は、ブランドが無い状態から、識別・保証・選好性・ロイヤルティという機能拡充を経て段階的に増大していく(図2)
【図2】ブランドの機能と価値
識別とはブランドの基本機能であり「そのブランドであることが容易に識別できる」状態を指し、ロゴやシンボルといったもので充たされる。保証とは「まさかこのブランドに限って、致命的な欠陥はないだろう」と対象顧客から思われる状態を指し、チャネルとしての「信頼性」もこの段階に該当する。食品偽装も保険金不払い問題も「保証」の問題である。
選好性とは「私は複数の選択肢から、このブランドを選ぶ」と対象顧客に思われる状態を指し、ブランドとしてはかなり進化した段階となる。最後のロイヤルティは「私はこのブランドの大ファンである」と対象顧客に思われる状態を指し、クロスセルのみならず、他者への推奨(口コミ)も期待できる段階となる。現時点では「保証」段階にある銀行チャネルのブランド価値であるが、今後のマーケティングによっては、選好性・ロイヤルティの域に達することも考えられる。
また全面解禁後は、マスリテールの分野におけるリレーションシップ・マーケティングが本格化しそうである。リレーションシップ・マーケティングとは顧客との長期にわたる取引により、顧客から得られる利益を最大化することを目的とするマーケティング手法である。
従来型のリテールマーケティングは「何かと決済が必要で、預金もしたいから、便利で安全そうな銀行と取引する」といった顧客ニーズに適応してきた。しかしながら、決済や預貸金業務からの収益が獲得しにくい状況のなか、銀行は窓販商品・ローン商品を柱とした安定的な利益を必要としている。実際に窓販商品の市場機会は、決済・預金による「顧客接点の持続性」を背景に、顧客のライフステージに適応する形で、銀行チャネル全体としては増大しそうである(図3)。
【図3】顧客のライフステージと市場機会
しかしながら、個々の銀行がこうした市場機会をものにするには「顧客がリスク性運用商品・保障型商品・各種ローン商品の取引を自行にした方がよいと思える理由」を作ることがポイントとなる。顧客接点の持続性が、そのまま窓販商品の取引につながるケースもある一方で、今後のマーケティング戦略によって、顧客に「魅力的な理由」を提供できれば、競合からのスイッチ実現も可能である。
3.全面解禁後のリテールマーケティング戦略
それでは全面解禁後のリテールマーケティング戦略はどうあるべきなのか。「ブランド価値」と「リレーションシップ」を念頭に置いたマーケティング戦略視点について考えてみたい(図4)。
【図4】リテールマーケティングの戦略視点

まず最も大切なことは、顧客の金融商品に対する関心度や知識レベルによって、適応する戦略が異なるという点である。例えばリスク性運用商品や保障型商品において「関心度も低く、商品知識もさほど有していない顧客」は、個人金融資産に占める「預金」の比率が高い日本では少なからず存在しそうである。
こうした層に対しては「関心喚起型のコミュニケーション戦略」が有効である。"私の資産は、○年後に底をつくかもしれない"という某銀行のCMメッセージは、預金志向の顧客が気づいていないリスク(元本保証でも超低金利運用では、老後の生活に必要な資産が蓄えられないというリスク)への関心喚起をさりげなく行い、リスク性運用商品への関心度を高めている。
一方で関心喚起は適切に行うことが肝要である。露骨に不安感を煽るような関心喚起は、銀行の信頼性や品格を損ねるため、専門家のアドバイス等も参考にしつつ、慎重に進めることが望まれる。
次に「関心度が高く、知識をさほど有していない顧客」とは、一定の関心に基づいて、支店窓口に相談したり、支店主催の資産運用・保険セミナー等に参加する層である。こうした層に対しては「チャネルブランドリレーションシップ戦略」が有効である。こうした層はチャネルにブランドとしての信頼感を有しており、銀行による適切な推奨により成約が見込める。
窓販商品はまだ歴史が浅く、銀行の組織能力も育成段階であるため、当面はベーシックな商品に絞り込んだ上での相談・推奨がメインとなる。しかしながら従業員の商品知識や顧客との関係が深まるにつれ、顧客のライフステージに即したクロスセルも展開でき、ブランド価値もさらに高まる。
「一定の知識を持った上での惰性購買顧客」は、商品知識をある程度身につけた上で、自分にとってはさほど重要と思わないと感じている層である。市場でも人気があり銀行による保証感が感じられる定番商品が用意されていれば、惰性購買の受け皿となりえる。
最後の「高い関心と一定の知識を有する顧客」は、商品知識が豊富で、経済的豊かさへの関心もそれなりに高い層であるが、個人投資家に徹するほどではなく、プライベートバンキング(PB)的サービスに該当する要件までは備えていない層である。こうした層は自らのニーズに最も合致する情報・商品を強く求める傾向にあるため、独自の金融商品・質の高い情報提供・ポートフォリオ支援ツールといったものを求めがちである。
PB的サービスのノウハウをダウンサイジング化し、経済性が成立する戦略を講ずることで、そうした層のニーズに応えられそうである。その結果、情報・商品・サービスといった総合的な要素に基づく強固なブランドロイヤルティを形成でき、将来的にはPB的なサービスのお客様になっていただけるかもしれない。
以上、4つの顧客特性別の戦略視点について述べたが、どの戦略にどの程度投資するかは、商品市場の成長性・顧客特性との合致度・組織能力の相対優位性・経済性などに照らして、銀行ごとに個別解を抽出する必要がある。すなわち「市場の成長性や顧客特性・組織能力を念頭に置きながら、自行のブランド資産とリレーションシップを適切に活用し、経済性を充たす戦略」を策定する必要がある。
4.窓販を核としたリテールマーケティングのアプローチ
では最後に窓販マーケティング戦略を策定し実行に移すアプローチについて考える。大まかな流れとしては、現状把握・分析、戦略仮説の抽出、パイロット店での検証、全店展開の4ステップで行う(図5)。
【図5】リテールマーケティングのアプローチ
現状把握・分析では、ステークホルダーインタビューや市場分析、3C(顧客・競合・自社)分析などを行い、自行にとっての市場機会を発見する。次に戦略仮説抽出では、市場機会を確実にものにするための戦略仮説を、戦略的セグメンテーションなどを用いながら策定する。また仮説を検証する方法も設定する。
そして次に戦略仮説を実際に検証する作業に入る。この際、いきなり全店で検証するのはリスクとコストを伴うので、通常はパイロット店を選定し、期間を決めて集中的に仮説を検証して、仮説をより練り上げる方法がとられる。
最後にパイロット店での成果を全社で共有し、全店展開を段階的に行っていく。その成果はステップ1の現状把握・分析にフィードバックされ、マーケティング戦略は進化し続ける。
全面解禁によって生じた市場機会は、顧客による銀行への期待を意味する。こうした顧客の期待に応えるマーケティング戦略が、いま求められている。
◎執筆:ジェイコンサルティング代表 桑畑 穣太郎【月刊金融ジャーナル 2008年3月号掲載】
全面解禁後のリテールマーケティング戦略【月刊金融ジャーナル 2008年3月号掲載】


