◆人口増加時代のビジネスモデルが通用しない時代に
「日本の人口は、2006年をピークに、以後長期の減少過程に入る」
国立社会保障・人口問題研究所の推計である。そうであるとすれば、来年から日本の人口は減少することとなる。戦後の日本は、人口増大という後押しを受け、大量生産・大量消費型のビジネスモデルが飛躍的な成長を遂げた。しかしバブル崩壊以降、そのモデルは市場の成熟化によって、利益の上がらないモデルへと変貌した。そんな中「人口減少」による顧客の母数縮小という追い討ち。
一見厳しい環境に映るが、中小規模の企業にとって、実は大きなチャンスを秘めている。それはマス・マーケティングとは全く逆の「顧客を絞り、内なる声を聴く」という着想で、規模の経済では追求しがたい『ユニークな顧客価値』を発明し、安定した利益を上げるモデルを創り上げるのである。
◆成功物語【スリードッグベーカリー】
スリードッグベーカリーは、『犬のおやつ』を扱う専門店である。
スリードッグベーカリーの由来は、3匹の犬(ドッティ、グレーシー、サラ)、2人の男(ダン・ダイとマーク・ベックロフ)、そして大盛り一杯の犬用の食べ物にある。なかでもグレーシーは超大型犬であり、最大の難点は寿命が短いということであった。六歳まで生きられないことも珍しくないという。寿命を伸ばすには、犬に塩や砂糖・添加物などを含まない、全粒穀物を主にした手料理をあたえることが肝要であると獣医からアドバイスを受けた2人の男は、ある使命を掲げる。
世界最高の新鮮な犬用ビスケットを焼き、愛犬家に健康的で、総天然材料のご馳走を彼らのお気に入りの四つ足の友人に与えてもらう。
当時、流通していた犬用のご馳走ほとんどは、発音するのさえ難しい添加物と材料を含んでいた。メニュー開発については、最初に獣医と話し合いをした。それから何ヶ月かをかけて様々なレシピを実験し、最終的に2・3名の公認試食者に協力を求める時となった。サラ・ドッティーそしてグレージーは進んでテイスティングを引き受けた。間もなく隣の家の犬たちがその新しい創作物のほのかな匂いを嗅ぎつけ、大評判となった。その後数年で、評判は広がり、スリードッグベーカリーは、人気を増していった。
1989年に1号店をオープンして以来、全米で約30店舗、日本にも東京の代官山と自由が丘、さらには横浜元町・軽井沢にも出店している。店内にはクッキー・ビスケット・バースデーケーキ・プチケーキなどが並べられ、見た目は本物のベーカリーとまるで変わらない。思わず人間でも食べてしまいたくなるのだが、全ての食品は犬の健康を考え、原料に塩・砂糖・動物性油脂、保存料などは一切含まれていない。
◆顧客を絞り、内なる声を聴く。そして価値は発明される。
たった1人、もしくは、たった1組の顧客に絞り、その生命の内なる声に耳を傾ける。そうすると、静かに力強く声が聴こえてくる。
少しでも長く一緒にいたいの。だから本当にカラダによいものを食べさせて。(グレーシー)
わかった。絶対にカラダによいものを作ってみせるから!(ダンとマーク)
自分や四つ足の友人も含め、最もお付き合いしたい顧客とはどんな人なのだろう。顧客を絞る。さらに絞る。そして、たった1人(1組)の顧客に絞ったとき。その人は「どうしてほしいか」という内なる声を聴くことに集中すると、どのような価値を発明すればよいのかがしみじみと実感できる。そうして発明された独自の価値は、たった1人の顧客と近い境遇にある上位顧客へと拡がり、長く深い関係を構築し、安定した利益モデルを創り上げることとなる。このモデルは、顧客数よりも顧客一人当たりの購入額がより重要となるので、市場の成熟化や人口減少は追い討ちではなく追い風となる。
◆チャンスは行動し続ける勇気から生まれる
さて、内なる声に待望される価値を着想できたとしても発明にいたるまでには、ほかの誰もが経験したことのない道のりを歩むこととなる。スリードッグベーカリーもクッキーの試作品を何度も作り直しては、グレーシーにそっぽを向かれた。また、そうした道を歩もうとする時「そんなこと、できるわけがない」と嘲笑される現象に遭遇することもある。しかし、そうした現象はチャンスをつかむ通過儀礼だったと振り返る成功者は多い。勇気ある行動によって価値を発明したとたん、顧客はほかでもないその価値に歓喜し、発明した勇気を讃えたからである。
着想と勇気。
顧客の心を動かす価値の創出は、そのわずかな違いで決まるものだ。
<参考文献>奇跡のいぬ(ダン・ダイ、マーク・ベックロフ著・講談社)
◎執筆:ジェイコンサルティング代表 桑畑 穣太郎【経営者の四季 2005年8月号掲載】
人口減少時代にチャンスをつかむ 1人の顧客から生まれるビジネスモデル【経営者の四季 2005年8月号掲載】


